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6.16.2011

QC3|03 まち飯インタビュー「「処方箋」から「寄り添い」へ—まちづくりアドバイザーという役割」



























「「処方箋」から「寄り添い」へ—まちづくりアドバイザーという役割」前編
まち飯インタビュー


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今回お話をうかがった「次代のまちを考える会議」(通称「まち飯」=「まちづくりで飯を食いたい」の意)は、京都・滋賀でまちづくりに関わる若手の研究者、行政職員、コンサルタント等で構成されている、その名の通りまちづくりを生業にすることを目的としたネットワークだ。その意図の裏には「まちづくりを社会が必要な職業としていかに認めていけるのか?」という問いが流れている。定期的な勉強会や講演会など通じ、京都のみならず全国のまちづくり事例の情報共有やリサーチを行ないながら、それぞれの主体的活動へとフィードバックさせている。インタビューでは、京都市が現在設けている「京都市まちづくりアドバイザー」の役割から、地域の持つスケール特性や住民参加の問題まで、当事者の視点も交え複数の活動主体の視点から語っていただいた。(2011年4月17日radlab.にて収録)


後編はこちら


前編 「まちづくりアドバイザーという役割について」




―
基本的な話からおうかがいしますが、行政の中でもまちづくり系の部局は複数ありますよね?


山崎(以下:Y 都市計画コンサルタント事務所勤務)
思いつく範囲でも4つ、5つありますね。



深川(以下:F 京都市まちづくりアドバイザー)
ちなみに、私ら「京都市まちづくりアドバイザー(以下:まちアド)」は「地域づくり推進課」という部署に所属していまして、各区にある「まちづくり推進課」や「総務課」の実施する事業等に、助言や支援をするために出向いている、という形態になります。



―
「まちアド」としてどのようなことを行われているのですか?



西原(以下:N 京都市まちアド)

まちアドは今年度4月から14人体制になりました。それぞれ仕事の仕方や内容は異なりますが,基本的には行政が住民と恊働で行う事業を円滑に進める、ということに関わっています。状況によって行政のサポート、また住民のサポートというように,両方の立場を取ります。


谷(以下:T 京都市まちアド)
補足すると、「専門特化しているところに情報のパイプをつなぐ」のが役割のひとつだと思っています。山崎さんがおっしゃったように、行政のなかでも複数のまちづくりに関する専門特化した部局がありますが、それらをつなぐ、ベストマッチをつくる仕事ではないかと。

というのも、「そうしないと地域がしんどいよ」ということがあります。例えば役所内の各課が同じような時期に似たようなことをやっている、という批判はままある。各事業には地域住民が協力するわけですが、住民からしたら似たような事業に複数回動員されることもあります。「またかいな」と。このような行政の縦割りのなかで地域が疲弊してしまう課題を踏まえて、それじゃいけないと行政の地域窓口を一本化する地域も出てきています。そこでは行政側の課ごとの情報を束ねて住民との間をつなぐ「ろうと」状の機関をつくっています。


私個人はまちアドは基本的にはそういうものではないかという仮説を持っています。まちアドは嘱託職員という立ち位置で正規の行政マンではなく、また単なる民間人でも研究者でもないという微妙な立場ですけど、逆に言うと場面に応じてどの立場にも入って話を聞くことができる。そこで調整をして、それぞれの主体が専門特化している状況ではできないような価値を生むのがまちアドの仕事だと思っています。そのような調整は地域でも必要とされますが、いわば行政のなかでそれを行うことがまちアドの役割のひとつではないかと。

時にはコンサル的な仕事もファシリテーターのような仕事もするかもしれませんが、そのいくつもの仮面を使い分けて最終的に何をするかというと、バラバラの主体を相互調整する。お互いの立場を理解しながら、専門特化してできることできなくなっていることを「一括してつなぐ」橋というか。



―
そこで「一括する」メリットとはどのようなことでしょう? さきの動員の話は分かりやすいのですが…



T
単純に言えば「効率がよくなる」ということだと思います。例えば、私の関わっていた地域の女性会でも、右肩上がりの時代で地域の人口が増え続けている時代には、一地域で数十人の人員を動員できたと聞いています。でも高齢化が進み、一地域で実働できるのが10人くらいとなると、かつてのように各部局縦割りで別々に事業を実施できる状況ではなくなってきたのかなと。ただやっぱり事業は必要で、それをなくすわけにはいかないというときに、それぞれが専門特化したところをつないで、事業を効率化する必要がでてくるのだと思います。


Y
縦割りをなくすことは難しいだろうと思いますしね。



T
縦割り自体は必要だと思うんです。そうじゃないと物事が動いていかない。しかし、それを相互調整する仕組みは十分とは言えない。例えば小さい自治体が面白いことをしやすいのは、縦割りがある/ないではなく、相互調整がうまくいきやすいからではないか。私が調査させてもらったことがある島根県の海士町という離島の自治体は、人口2500人くらいの小さな自治体ですが、いまバリバリ名前を上げています。どんどん外のコンサルや研究者をいれて攻め手を打っています。その町役場にも当然縦割りはあります。じゃあ海士町でどうしてその課題が超えられたかというと、2500人という小さな単位性と、町長の強力なリーダーシップ、それにガッシリとスクラムを組んでいける課長職、そういうヨコの相互調整をとりやすい仕組みがあったからではないかと思うのです。



F
経験として言えることは、京都市のような政令指定都市と、例えば金沢市のような40万人くらいの中核都市と呼ばれる都市の相互連携のかたちは分けて考えたほうがいいということ。組織の規模によって顔の見える範囲は異なるので、共有度合いには差があります。



Y
直観的ですが、人口100万を超えてしまうとなかなか難しいのではないかと思っています。10万から30万くらいの都市のほうがいろいろつながって面白いことができるのではないかなと思います。



F
行政の縦割りのデメリットを補うためにも、まちアドは、地域のキーマンに、行政のしようとしていることの情報を提供して少し調整するとか、地域に正面衝突しちゃうところをかすめさせたりしています。中山間地域だとまたちょっと違ってくるのかな?



N
中山間地域の場合は「行政とどう地域をつなげるか」というよりも「地域にどう行政をつなげるのか」という印象がありますね。



―
その違いは?



T
主役が行政ではなく、地域ということですかね?



N
そうですね。



F
確かに「地域がもっと行政をうまく使ったり連携したりしたらいいのに」とは思いますね。



Y
例えば「行政が市街化調整区域※に指定しているから、私らのしたいことが何もできない」という具合に、住民の中には行政に対する対抗意識がある。「やることなすこと規制やんか!」と。そのときに、「いや、やれることありますし、市街化調整区域でも計画をつくることは可能ですよ」と、既存の仕組みの中でももっと自分たちがやりたいことをやれる、ということを地域の人に分かってもらうことで、ようやくつないでいくことができると思います。都市計画は、ある面では法に基づいて淡々とする部分もあるけれども、現場レベルではもう少しやりようがある。だから現場レベルで住民さんの中に入って、こういうやり方もあるよ、考えていきましょうよと柔らかくしていくような関係を生み出そうとしている。


※:都市計画法により、都市計画で定められる都市計画区域における区域区分の1つ。市街化を抑制すべき区域


―
「地域の人たちと行政とをつなぐ」という話は理解できるのですが、地域と行政との間にチャンネルは確保できるのでしょうか?



N
住民と行政の間に,共通の経験や喜びを生む仕組みが必要ですね。


―
具体的な目処は何かありますか?



N
課題等に対して「自分たちに何ができるのか」という想いを住民間で共有するための場をつくることが重要だと感じています。そこから活動が生まれたときには行政が応援する。そうやって一緒に取組むことができれば共通の経験が生まれ信頼関係ができるんだと思います。
例えば中山間地域では、課題解決に対して区への要望や議員さんに頼ることで対処する場合が多いです。でもそれだけでは対応しきれないこともある。住民自身で「なんかせなあかん」とは思っていても、どうしたらいいのかわからない。みんなで話すという機会がないんですよね。そういうときに、まちアドみたいな立場の人が入って「お茶でも飲みながらみんなで話しましょう」と場をつくる。するとみんなで話している間に活動が始まったり特産品が生まれたりする。それを行政が支援する。自分たちの想いが動きだしみんなの力でカタチになるんです。こうした経験は住民にとっても行政にとっても僕にとっても嬉しいことだと実感しています。



―
外部の視点が入ってくることで、「実はこういうところに他の人は魅力を感じるんだ」という発見があるというお話を以前聞いたことがあります。「あえて」というとおかしいですが、「外部の人となる」ことが必要かもしれませんね。



F

まちアドは第三者的な外部の人としても意見できるし、内部からやっていきましょう、ということもできます。その意味では立ち位置のあいまいさ、微妙さを活かしながら動いているのではないでしょうか。


―今回まちアドのお三方に対して唯一山崎さんのみ現職コンサルタントですが、まちアドとコンサルタントの位置づけはどのように異なるのでしょう? もちろん行政と民間という立場上の違いがまずあると思いますが…



F
扱う内容に違いがあります。まちアドは基本的に区の事業、中でも住民との協働といった部分が多い。コンサルタントは局レベルで事業を受託するという形が多いです。コンサルタントは例えばコミュニティバスの運行計画もしますし、地域の活性化計画、地区計画も立てる。産業ビジョンもそうですね。


―現在どのような仕事をされていますか?


Y
私自身が関わっているかどうかは別として、都市計画マスタープランのお手伝いや景観計画のお手伝い、その他にも福祉の計画や商業、産業の計画のお手伝いなどもしています。今、勤めているところは、建築部隊とプランニング部隊との両輪でやっているので、建物の設計等もしています。また、まちアドの方と一緒になって地域の方と話し合いながらビジョンをつくっていくということもあります。



「地域」をどのようにとらえるか?



N
「地域」ということを考えたときに、中山間地域はその「枠」を想定しやすいんですよ。流動的に人が動かないから。一方京都でも市街地になると「地域」というくくりで話がしづらいでしょう。


Y
京都で「地域ってなんだろうね?」という話をしたときに、その場に住む人に「地域」と言ってもあまりピンと来ないだろうなと思うんですね。「学区」とか「元学区※」と言わないとダメだろう、と。例えば地域別の計画をつくろう、というときには大体それくらいが単位になると思っています。


※:日本で最初に創設された64校の番組小学校を起源とし、明治期から戦中まで小学校運営・行政機能の一部を担う地域単位であった学区のことをいう。戦後、小学校の新設や統廃合が進み学区域も変わってきているため、元学区と呼ばれている。現在、元学区は直接の行政機能を有していないが、自治連合会、体育振興会や社会福祉協議会、自主防災組織など地域行政・住民自治の単位として用いられている。


F

住民の意思決定可能な地域のサイズの問題と、顔が見える範囲や愛着が持てるかという帰属意識の有無ですね。計画を策定するには「適切な規模」というものがあって、それを見極めるのも大切になります。



―
その「適切」の判断はどのようになすのでしょう?



Y
基本的に行政情報を参考にします。こちらから直接地域住民にアプローチするのは困難です。勉強はしますが、かなり入り込まないと分かりません。それからアンケートの「割※」を見るとか。


※:お住まいの地域を尋ねる問いの部分や居住地域の選択肢


F

それから住民側のキーマンも重要です。その地域のキーマンは誰か? 自治連の会長さんや、こういう支援者がいるから、これはこの地域でうまく回るだろう、とか。「あそこのコミュニティは福祉活動に力を入れているからこういう試みは相性がいいよね」とか。そういうのは学区レベルでの話が多いんでしょうけど。



Y
キーマンでいうと、京都の場合は複雑ですよね。地域によって相談を持ちかける窓口が異なっています。


T
エリアの適切な規模については、いろいろ考え方があると思います。例えば私は、小学校区の顔の見える範囲や環境を共有して利害関係が一致しやすいなど、いわば政治的な判断をする上で適切な合理性のある範囲として、小学校区に注目してきました。

しかしその範囲でも現実には住民さんの地域イメージが必ずしも一致しているわけではありません。とある自治体では、そこは元々農村だったところで、戦後宅地開発が進んで一気に人が増えたときに、行政の決めた小学校区と、住民の考える「地域の範囲」が違ってきた。そのため、行政の規定している小学校区と、住民が考えるそれとが微妙にズレている。小学校区の枠からはずれる町内会があったり、反対に小学校区の範囲に入っているけど、住んでいる人たちが自分たちの範囲とは思っていないエリアが出てきたりとか。しかも住民の中でも昔から住んでる人たちの意識と新しく越してきた人たちのエリア意識は違うんです。そこは学校区のレイヤー、自治会のカバーするレイヤー、世代ごとに意識するエリアのレイヤー、というように、複数のレイヤーが重なっているなと。



F
京都の中心市街地も似た状況があります。小学校の統廃合が進んだため、元学区というエリアと、統合された小学校の校区のエリアが重なっている。だから今の若い親御さんたちは自分たちの元学区がどの範囲なのかよく知らないこともある。住んでいる人にとっての自分の地域は世代によっても違いますね。

若い世代が主に関わる活動の範囲は校区PTAだったりする。元学区4つ、5つ分くらいを自分の地域と考えているために、元学区の範囲と現在の小学校区の範囲とが一致しなくなって、これまで一般的には学区PTA会長経験者がそのまま学区自治連の役職を務めるという地域内の人材輩出のメカニズム、キャリアパスがあったんですけど、それがままならなくなってきたという問題も生じています。


Y
私も同様の地域で基本計画の策定のお手伝いをしたときに、それを実感しました。古くからお住まいの地域のキーマンに話を聞くと、新しく越してきた人にとっては、最初から統合学区が基本のエリアになる。深川さんのおっしゃった課題を解決するために、ひとつ施策として挙げたのが、元学区での活動を基本にしつつ、統合学区での活動にも積極的に関わっていくような支援もします、ということでした。



F
整理すると、「自治」のレイヤー※1、「教育」のレイヤー※2、「福祉」のレイヤー※3があると思います。どのレイヤーを使うかは、対象とする世代や、取り組むテーマで変わってきます。

※1:例えば町内会、自治連合会
※2:例えば校区
※3:例えば福祉サービスの受益範囲



―
行政が行うまちづくりの試みで、「適切なスケールを探すこと」はどのように行われているのでしょうか?



N
さっきの言葉で言うと「レイヤー」ということになるんだろうけど、もう少し小さい範囲で見ていく必要はあるんじゃないかと思います。行政の中でも、どのへんまで小さく下げていくのかを探っている動きがあるように感じています。



F
自治連までは行けるだろうというのは経験的には言えると思うんですが、自治連自体も高齢化や加入率の低下などがあり、「代表性が担保できるか」という問題が出てきています。加入率が4割を切っているところもありますし、町内会レベルまでスケールダウンして、そこで取り組みができるものかどうか、行政も迷ってる印象はあります。中にはほとんど機能していない町内会もあるので、住民さんの中から「町内会同士を統廃合したらどうだ」という話もたまに聞きますが、私ら自身も迷います。固有の町名を残して欲しいという人もいる中でどうするのか。そもそも統廃合して機能するのか、といった考えを整理することと地域の事情を踏まえて対応することが大切です。



T
たぶん普遍解はなくて、個別解しかないですよね。私が以前関わっていた地域でも消滅した町内会がありました。役の担い手がいないので、もうやめます、と。そこは地域の中でも空白地帯となっていて回覧板も回らない。それはまずいということで、各種団体の動ける人がその機能を代替している。しかしそれらの団体はそのための団体ではないのでやはり限界がある。どうしようか、という話は出ています。



N
「地域」には、暮らす人にとっての単位として学区や行政区という範囲がありますが、同じように暮らしてる人の中でも、町内会に入っている人と入っていない人がいる。また地域への関わり方も多様で、学生として4年間だけいる人、別荘をつくってたまに暮らす人、仕事で来る人などさまざまです。そういう人たちを含めた「地域」をどの範囲で括るべきか、ということは気になっています。また、「地域」はある程度区切れるかもしれないけど、では「地域住民」というのはどういう範囲になるのかな? と考えています。


F
西原さんの言うとおり、地域課題に取り組む際にどこまでの人を巻き込むべきか、というのはいつも迷いますよね。行政とある程度関係のできている自治連を頼りたくもなるというか…。ただ、自治連以外にもNPOや個人で活動している人もいる。でも自治連に、NPOにつながるパイプがなくて、包摂できていないところが多い。



―
京都市内だけでもNPOの数が千を超えると聞いたことがあります。ボランティアやNPOさんの活動をどのように見られていますか?



Y
職能として対価をいただいてやっていくことと、やはりボランティアやNPOとしてやっていくことでは違うと思います。どのような状況でも、与えられた期間内に成果をきっちり出すというところの意識は違うのではないでしょうか。


N
これはボランティアやNPOの話だけじゃなく行政にも関係すると思うのですが、市民活動団体の人たちがどういう動きをしていて何が得意なのか、ということを僕が理解して地域につなげるというよりは、むしろ地域側がどんなことを求めているのかということを外側にしっかり見せる。そこに関係する団体が参加・協力する。そういう仕組みでつながるほうが良好な関係が築かれることが多い気がします。しかし現状地域はその見せ方があまりうまくないし、だから外側に見えてこないですよね。


後編へ
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「次代のまちを考える会議」(通称「まち飯」)


谷 亮治(T:上写真左手前)
京都市まちづくりアドバイザー。立命館大学大学院社会学研究科博士後期課程で乾亨に師事、住民参加のまちづくりの可能性と成立要件を研究する。博士(社会学)。その傍ら、NPO法人ふれあい吉祥院ネットワーク事務局に勤務、まちづくりの現場で実践に携わる。2011年より現職。


西原 秀倫(N:上写真右奥
京都市まちづくりアドバイザー。現代美術センターCCA北九州修了。遊びへの興味からものづくりや祭りに関わりまちづくりに関わる。


深川 光曜(F:上写真右手前
京都市まちづくりアドバイザー。立命館大学大学院社会学研究科修了、神戸市長田区真野地区のまちづくりに学ぶ。金沢市のまちづくりシンクタンク ㈱計画情報研究所を経て現職。住民参加型まちづくりの活動支援が専門。


山﨑 裕行(Y:上写真左奥
都市計画コンサルタント事務所勤務。立命館大学大学院政策科学研究科修了。ふとしたキッカケから、景観まちづくりやまちづくりマネジメントの分野に興味を持ち、現在に至る。