2012.11|「I Love Kyoto Kaikan」運営人河本順子さんインタビュー公開中

3.06.2012

QC3|08 林憲吾「ある町並みを考えることが、よりグローバルな地域に貢献する」



6/6 非=専門家の立場から地域/コミュニティを考えること
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―さきにインドネシアの密集市街地がスラムのように見える、というお話がありましたが、こうした地域に対するクリアランスの問題はジャカルタでどのような状況にありますか?


ジャカルタでスラムに行ったことがあるんですが、そこは環境的には危険だなと思いました。けれども、統計的には不良住宅があるとかそういうものが基準になってますから同じスラムと呼ばれるところでも、僕たちが行ったところ比べると環境が全然違って、ましなものもあるんです。それらを一緒くたにして全部スラムとしてしまうことについては問題ですし、そもそも比較的環境が良好な地域は、クリアランスする必要がない。ただ、現状ではここがスラムだからクリアランスしましょうという圧力は、ジャカルタではまだそれほどないように思います。クリアランス自体は数としてはあまりないんです。


一方で、ディベロッパーによる開発圧力は出ています。都心のいいところに住宅が密集しているので、それを買い上げて開発したいという欲望は今後たくさん出てくるでしょう。今調査している密集市街地は植民地時代にはローカルな人たちが住む居住地だったんですが、戦後の高密化の過程が、すごくインフォーマルで土地所有の状況も曖昧です。そういう場所が開発されていく可能性は高い。でもコミュニティはあるんですよね。そこに住む人たちが移動していくとそのコミュニティが離散してしまうというが問題になるでしょう。


―今あったお話はいわばジャカルタのこれからにまつわるものだと思います。プロジェクトの今後も含め将来的なヴィジョンをどのように描いているのでしょうか?


2050年のシナリオを描こうという話をしています。これはプロジェクト全体の課題ですが、僕たちは、2050年までの変化の過程で、どういうミクロな町並みが発生したり、増えていったり、減っていたりするのかを考えていきます。その頃には、いまは農村的な場所でも、人口密度が増えているでしょう。そのプロセスは、現在高密なところが、かつて低密な状態から変化してきたように、それと似たような状況が生まれると考えています。そのままにしておけば同じような変遷を辿るかもしれない。けれども、そのミクロにアプローチして、コミュニティの維持だけでなく、環境負荷を下げるといった課題も組み込んだ、そうした地域モデルをつくってみたい、と考えています。


ただ、僕らはインドネシアの研究をしていると言っても、インドネシアの人ではありません。そこで町並み保全や改良をしましょうという話があったとしても、それを僕らがやる意味ってなんだろう、ということは考えます。日本からも「ジャカルタをよくしてどうするの?」という質問に対して合理的な答えを用意する必要がありますし。個人的には、現地の人が町並みを考えながら地域の活性化をすることが望ましいので、その触媒になりたいと思っています。現地の建築家や現地で活動している人などを巻き込んで地域が育っていく方が有益だと思います。


でも、例えば、町並み保全をある地域でしたとするとその場所の保全になりますが、僕らがしてきたことを踏まえると、この町並みを考えることが都市のなかの別の町並みをどうするかを考えることにつながるわけです。そのとき、ある都市のなかにその町並みを残すことが、都市全体にとってどういう意味を持って来るか、という問題の立て方が可能になる。ある場所が抱えている問題を見つけ、それを解決する、ということをすれば、その場所はよくなると思います。だけどそれはその場所だけがよくなることでもある。そうではなく、ある場所のことを考えることが、ジャカルタ全体のことを考えるということ、もう一歩踏み込んで拡張していけば、地球環境にとってどういう鍵になるか、ということを本当は考えないといけない。とてつもなく困難な話ですが、その町並みを考えることがもっとグローバルなことに貢献するという接続詞を見つけることが本当の使命だと思います。


そもそもの話、僕はコミュニティや地域についての専門ではありません。この問題については社会学の研究者のほうがずっと詳しいわけです。だから地域の把握の仕方に関して、人をベースにした枠組というものを建築を専門とする人はあまりもっていないと思います。一方で、町並みを起点とした秩序の理解は他の分野の研究者よりもうまく見ることができる。町並みと地域コミュニティの状況がそれぞれ一致した関係がなかったとしても、それはそれで全然いいと思うんです。地域のあり方は物理的な町並みの範囲を超えて広がっていったり、建築なんか関係ないという事実が見えてくれば、建築や町並みという制約をどうやって乗り越えて地域コミュニティが成立しているのかを考えればいいわけですから。それはまた別の共有可能な枠組をつくることにつながっていくと思います。地域やコミュニティの専門家ではないけれども、実際に建築や町並みを見てみるとこうなっている、ということを起点にして、そこに住む人たちの生活やコミュニティのあり方を考えていければ、町並みとか環境とかをひっくるめて人が地域を一緒になって考えるきっかけになると思うんです。(了)




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プロフィール

写真右:林憲吾(はやしけんご)
1980年生。総合地球環境学研究所「メガシティシティが地球環境に及ぼすインパクト」にプロジェクト研究員として所属。インドネシアを中心とした東南ア ジアの近代建築史を研究。2009年東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。2009年4月より現職。共著=『千年持続学の構築』『シブヤ遺産』。

写真左:三村豊(みむらゆたか)
1981年生。東京大学大学院工学系研究科博士課程。専門は建築史・都市史・地域情報学。建築史を中心としたGIS・画像処理・データベースなどの地域研究に従事。おもにインドネシア・ジャカルタを対象とした時系列の都市情報基盤の構築について研究。共著に「シブヤ遺産」など。